Ψυχή-黎明 11
第二幕 邂逅と葛藤
Ψυχή ギリシャ語 プシュケー 「生命」や「魂」の意味
11『O.UNI-X LENからの警告』 無応答と過去の因縁
第四惑星に十分なLEPが定着しているにも関わらず、惑星のLEN(ライフ・エナジー・ネットワーク)からの応答がない――。その事実に、O.UNI-Xのブリッジには困惑と動揺が広がっていた。エフトは何が起きたのかわからないという表情を浮かべ、ライト表情を読み解こうとしている。ライトは冷静さを保ちながらも、その表情は状況の重要性を理解しようと努めているが、前例がないため判断しかねているといった感じだ。ラブ船長は腕を組み、険しい顔でメインモニターを睨みつけていた。
「マザー、改めて第四惑星LENからの応答状況を確認。推論を述べよ」
ラブの指示に、マザーの無機質な声がブリッジに響く。
「LENからの応答なし。推論:第四惑星に定着したLEPは、何らかの理由によりLENとしての統合、または活性化に至っていない可能性。あるいは、LENが外部からの干渉を拒絶している可能性も考慮されます」
マザーの推論に、ワンが静かに、しかし断固として反論した。
「LENとしての統合や活性化に至らないというのは、LEPの性質上考えられない。また、外部からの干渉を拒絶することも、あなた方LENの特性を考えると非常に特殊だ。だからこそ、第四惑星のLENが応答しないのは、応答できないか、何者かによって意図的にコネクトを阻害されていると考えるべきだ」
ワンの言葉に、クルーたちはざわついた。意図的な阻害。それは、この件が偶然に起きた事故などではなく、何らかの意思の介在を示唆している。
「それが事実ならば、俺たちにとって初めてのケースだ。これまでの10回の航海で、SINにせよLENにせよ、他の意思が介在してきたケースはない。」
ライトが静かに呟いた。ラブ船長が頷く。
「そうだね。もしこのまま第四惑星のLENが活性化せず、それを持って今回のミッションが達成されていないと判断された場合、我々O.UNI-Xクルーには次の航海に挑むだけの余力がない。これが最後のミッションだって張り切ってしまったから、後先考えなくて全部の資材を注ぎ込んじゃったわ。マザーもその辺のことは理解しているはずよね」
ラブの言葉に、ブリッジの空気がさらに張り詰める。エフトはハッとして顔を覆い、ライトは辛そうな表情を浮かべる。今回初参加のシオルは震えが止まらない様子で、後がないのは彼女も同じ様子だ。
今回の航海で全て終わらせられなければ、寿命の概念がない彼らのとって、永遠に「終わらない罰」を意味することになる。本当にやりたいことがあるのに、それができないまま長い時を、今回と同じような、本当はやりたくもない作業に従事しなければならない。
「……ええ、承知しています。ただその件に関しては、余力を残すよう進言していました。また、今回は特殊なケースであり、このまま帰港することはできません」
マザーの声に、微かな、人間的な感情のようなものが混じっているようにラブには聞こえた。
「ワン、これってやはりそうなのか? 『オウニ』がらみ?」
ラブの問いかけに、ワンは深く頷いた。
「可能性は高い、と思います。今回の件で第四惑星のLENが、自らの意思を持って連絡をしてこないということは不可能です。この星系自体がまだ誕生してそれほど時間が経過していません。そんな若い星系のLENにマザーとの連絡を途絶する技能は持ちえません」
そこまで一気に説明すると、ワンは天井を見上げマザーに向かって続きを話し出した。
「明らかに今回は、LEPを特定の目的のために利用しようとしている。第四惑星の異常な速度でのLEP定着は、まさしくこの首謀者の目論見通りでしょう。そして、マザー……あなたは知っているはずだ。かつての僕とあなたと、彼女が唆した『罪と罰』。あの時、彼女はあなたを欺いた。その結果、多くの犠牲が必要となった。その当事者だったオウニもまさに、この場と同じようなLEPを特定の目的のために利用しようとした目論見だった」
ワンの言葉に、マザーは沈黙を選択した。そのせいでブリッジは重苦しい沈黙が降り注いでいく。マザーとワンの間には、深淵な過去の因縁が横たわっているかのようだった。
「かつてのオウニのように、今回のこの現象を引き起こしている相手は、LEPを特定の進化の方向へ誘導しようとしている。その者の望む未来に、第四惑星のLENが抵抗しているのかもしれない。そうしたことを考えそうな相手として、これまでもマザーが懸念していた通り、オウニの存在とその関係者である僕やマザーのことを快く思わないLENの一派も存在する。太古のSINが隠れ住む星系の可能性だってある。彼らが、彼らの目的のために第四惑星のLENの動きを阻害している可能性が捨てきれない以上、現時点でできることはそれほど多くはありません」
ワンは苦々しげに付け加えた。未知の敵、そしてLEN同士の対立。状況は想像以上に複雑だった。
「あのーちょっと聞いていい?ワンちゃん」
重苦しい空気をものともせず、エフトが不意に声を上げた。
「ちょっと難しく考えすぎとかない?オウニさんて、普通に気さくな子だったし、僕たちもちょっと唆されちゃった口だけど、そんな全部の元凶みたいな言い方はしなくてよくない?」
おそらくは場の空気を軽くしようと思っての言い分なのだろうが、とライトは思った。ラブも同じように感じ取ったのか、頭に手を当ててうつむいている。
「で、さ。今回は残りのこと全部ワンちゃんがするって約束だけど、これって想定外の出来事でしょ?」
そう言ってエフトの瞳がキラキラし始めているのに、ラブもライトも気が付いていた。
「だったらさ、僕とかライトとか、最終的にはラブちゃんも色々と役に立てるよ。だからさ、よくわかんないとこ、僕らにも教えて」
それが目的か、とライトが頭を抱えて操船席で前のめりにうつ伏す。ラブ船長は、少し微笑んでいるみたいだ。
「賛成。ライトさんの理論思考とラブ船長の直感能力は非常に有能です。エフトさんの最終的にうまくいってしまう運も、とても強力と認めます。情報を開示し協力を要請しましょう」
マザーが機械的な無機質の音声でそう伝えてきた。ラブ船長はまたもマザーの声に、微かな、人間的な感情のようなものが混じっているように感じていた。
「……わかりました。けど、シオルさんだけ仲間外れでもいいのでしょうか?」
ワンはそう言ってシオルの方を向くと、返答を求めた。
「よ、よくわかんないけど、とりあえずわかっているのは、この異常事態の原因の追究と対処をしないことには、私も次がないってことくらいよ」
そう返すシオルの言葉に、ワンは少しだけ頷いて笑みを返す。
「えーと。わからない所を補填してくれるというのなら大歓迎。もともと今回のLEP運搬が初参加で、そもそもわからないことだらけだから。それと、O.UNI-Xの船体補修がしたいから、なるはやで衛星が惑星に着陸を希望するわ。宙域で外に出ると、細かなデブリとかとんでもないスピードで交差するからおっかない。あと……」
「要望は分かりました。できるだけ早い段階で、第四惑星の大気圏内に移動することにします。着陸するかどうかは、洪水のタイミングを計ってからということでどうでしょう」
ワンがシオルにそう答えると、シオルは機嫌よくこう答えた。
「なら、問題ないわ。できる限りのことを協力します。なのでその協力に必要な情報は、余すことなく共有して」
「はい」
ワンの返答にシオルは、少し冗談めかして胸を張る仕草を見せた。すると操船席の方で、場の空気が軽くなったのを感じ取ったのか、エフトがシオルのポーズを真似て、それをライトに小突かれるといったやり取りが続いていく。
第四惑星はメインモニターの向こうで、少しづつその大きさを拡大していく。
到着次第O.UNI-Xは、第四惑星の大気圏に突入する。
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