あの日、あの場所で

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あの日、あの場所で

あの日、あの場所で

四方を山々に囲まれた広大な盆地の底で、同じようなことを繰り返す日々が連綿と続く日々に、僕たちはいた。

あの頃俺は、一人称が僕で、そうして君は自分のことを私と呼んで、まだランドセルを背にして並んで歩きながら、お互いを互いに認識しあっていた。

互いを意識しあうようになるまで、まだ少し時間がある。気づくのは君のほうが早かったんだろうと思う。僕はまだまだ子供のままで、見上げる空を囲むように広がる山々が、なんだか檻のように感じ始めていた頃だった。中学生になる前に何とかして解決したい問題がひとつあって、そいつに何もかもを奪われていた。

人生なんてクソみたいだと、何度も言っていた。

君の見ていた風景

学校へつくと、君とはクラスが分かれることになる。僕は6年3組で、君は1組。他のクラスにはめったに行ったことがないけれど、それでもなんとなく、他の連中の君に対する態度でわかっていた。

ハブにされている。

君はそりゃ、多少気が強いとこがあって、ずけずけとものを言うし、かなり厳しい時もあるけど、だからってクラスの全員が敵に回るってことはない。なんかのきっかけみたいなのが、あったんだろうと僕は思って、君が何も言わないから、僕も何も言わないでいた。

言わないでいるって、結構苦しい。

そうして友達を通じて、1組のことあれこれ調べてたら、鈴本の奴に目をつけられた。1組の学級委員だったっけ。本当は君が成るはずだったって、1組の女子からも聞いた。だけど、と言って口ごもるから、全部は聞けていない。

冷やかしの言葉と笑顔の君

鈴本に色々とちょっかいかけられた言葉が、多分あの時は心底どうでもよかったんだと思う。はいはい、そうですね、その二言で済む話だった。

君は君で、なにか頑張って耐えていたんだと思う。苦しそうな顔も見せないで、話しかけると笑って答えながら、だけどなんかおかしかった。

幼馴染と呼ばれるほど、赤子の頃からご近所さん同士の家に生まれて、互いに下に妹と弟がいて、一年の時からずっと同じ学校。

僕は生まれながらの天才様で、学校の勉強は授業を聞くだけで全部覚えた。君は普通。頑張って努力して、テストでよく100点をとってた。そうした上で僕に、「宿題をやらないと駄目でしょう!」って小言を言った。家に帰ると、互いに共働きの両親だったから、君と君の妹が我が家に来て、母さんが用意していてくれた夕飯を一緒に食べる。

そんときも、涙一つ見せることなく、君は笑って耐えていた。

所詮は子供

まだ昭和の日本の、小学校で起きたイジメ。村八分だとかハブだとか、やっている奴らは仲間外れを楽しんでいた。

されている方と、巻き込まれている人は、たまったもんじゃない。特にされている側は、他の皆を巻き込まないようにと気を使って耐える。巻き込まれている側は、どうにもしようがなくて、対策が取れないから関わり合いになりたくない。誰だって解決できない問題には手を出したくはないから、なんとなくわかる。

けれど僕は言ってみれば、巻き込まれている側の人間だと感じていた。夕食の時のぎこちない笑顔や、妹や僕の弟に君が向ける優しさ。そういったものを台無しにされそうな気がして、何とかしたいと思った。

思ったはいいけど所詮は子供。授業じゃ教えてくれないし、先生に言ったら大事になる。君の家のお父さんに知られたら、仕事道具で学校に怒鳴り込みそうだ。植木屋の道具は振り回したらたぶん、お巡りさんがやってくる。

対決

結局、他の人だと大騒ぎになりそうだったので、僕が鈴本と話し合いをした。放課後に体育館の裏で、鈴本はなぜか他にも友達を呼んでいて、僕は一人ぼっちだったけど、話し合いをした。

結果を言えばその日、家に帰ったのは夕飯が終わって君と妹が自分たちの両親に迎えに来てもらった頃。少し時間がたったからか、顔が腫れて手首とか折れてた。うちの両親が驚いて病院に連れて行ってくれて、翌日は学校を休んだ。

週末を挟んで、僕が次に学校へ行ったのは三日後の月曜日。体育館で朝礼があり、左腕を釣った僕はちょっとしたクラスのヒーローだった。

なんで怪我をしたのかとみんなから聞かれて、1組の方をちらっと覗いたら、同じように包帯を巻いている鈴本君と目が合った。鈴本君は両手を拝むような仕草で、僕に謝っているみたいに見えた。

繰り返しから遁れた日

僕が家にいた3日間の間君は、夕食の時に学校であったことを話してくれた。今までなんか遠巻きに無視されてたことも、鈴本君がなぜか怪我だらけで来たことも、変なことを言われたとも言っていた。

「なんか鈴本がさ、あんたの名前出して『大事にしろよ!』とか言うの。なんだろね、あれ。頭もどこかぶつけたのかな?」

まあ、余計なことを言わないようにと鈴本君には釘を刺したつもりだったけど、本当に余計なことを言いやがったみたいだな。それを謝っていたのだろうきっと、月曜日の朝礼で。

あの日、あの場所で

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